商売と「信用」は切っても切れない関係。信用のないところに取引は無く、商売は成り立たない。信用を得るためには何が必要だろうか。
■商売の基本は信用
「商いの極意は、お客様から信用されることだと言われている。もちろん、信用は商売の基本だが、さらに信用の上に『徳』が求められ、お客様から尊敬されるという次元がある。尊敬まで達する、お客様との絶対的な関係を築くこと、それこそが真の商いではないだろうか」と説いたのは、京セラの創業者である稲盛和夫氏である。
「徳」の次元までには及ばずとも、多くの経営者は信用が商売の基本であると心得ているだろう。「信用」は、得るまでには長い時間がかかり、失う時は一瞬という繊細なものである。
商売に信用が不可欠であることは、何十年も経営を続けている経営者にとっては釈迦に説法であろう。しかし、短期間での稼ぎを求める経営者は、信用など無駄で表面上を取り繕って売れれば良いという発想になりがちである。営業担当に口先だけのテクニックを教え、値段も極端に安くしてでも目先の売上だけを追う住宅会社も少なくない。しかし残念ながら、短期の売上を追う行為が逆効果になっている場合もある。
■注文住宅の選択理由
国土交通省では毎年度「住宅市場動向調査」を行っている。前年度中に住み替え・建て替え・リフォームを行った世帯を対象とした調査だ。注文住宅を建てた世帯を対象に、選択した理由を質問した結果が下のグラフである。
直近5年間で常に1番目にある選択理由は「信頼できる住宅会社だったから」だ。2022年度は54.7%であり、「デザイン・広さ・設備等が良かったから(同37.2%)」「価格が適切だった(同19.5%)」などの理由を大きく引き離している。デザインや価格こそが注文住宅の決定理由だと考えていた経営者にとっては悲しい結果であろう。
なお、同じ質問に対する分譲戸建を建てた世帯の答え(2022年度)は、「一戸建てだから」が59.7%でトップ。「信頼できる住宅会社だったから」は、23.9%に止まる。注文住宅は、取引される建物自体が契約時点では存在しないので、契約する相手が信頼できるか、より吟味されるのだろう。
注文住宅においては、デザインさえ良ければ、安くさえすれば売れるだろうと策を練るよりも、信用を勝ち取ることが受注増には有効だということだ。
■信用を得るために
社外でも社内でも、信用を勝ち取ることは簡単ではない。信用は時間をかけて積み上げていくものである。
信用が醸成されるプロセスを考えてみよう。まず、企業の経営理念やビジョンがある。キッチリ明文化されている企業もあれば、社長の胸の内に秘めているだけの場合もあるだろう。形式はどうあれ、企業の存在意義や性格を決めるものであり、信用に値する企業か否かの最初のポイントである。
例えば、目先の金さえ稼げればよいという考えを持っている社長は、誰にも信用されないだろう。また、「地球平和を…」というような高尚すぎるテーマでも遠すぎて信用されづらい。
「我々の会社は家づくりにおいて、このような考え方を持っています」と胸を張って言えるもの。その主義・主張に信用が集まる。会社独自の主義・主張に基づいた誠実な取引が何年も続くことで顧客からの信用がつき、紹介客の増加、苦労のない集客につながる。
完成見学会に人が集まらないのはチラシが悪いからだ、ホームページが悪いからだと、広告のテクニックの勉強会に熱心に参加している方には、広告のせいにする前に、自社の歴史を振り返ってもらいたい。「今まで信用に値する仕事をしてきただろうか」と。
ある工務店の社長が見込客に対して次のように説いているのを聞いた。「ウチは、地元に根差した工務店だから嘘もゴマカシもできないし、そんな気もない。だから全てオープンにするし、あんた(施主)にもハッキリとモノを言うよ。施主と対等にプロとしての意見を言えないのは、どこかにやましいところがあるからさ」
その工務店の住宅は、かなりの高価格帯だが、ぜひ建てて欲しいという施主が途切れない。
協力業者からの見積に自社の利益を乗せず、そのまま施主に見せている工務店もある。
解体工事を伴う新築工事の場合、A工務店は自社の利益を乗せずに解体業者からの見積をそのまま施主に提示する。B工務店は、自社利益を乗せたA工務店より高い金額で見積を提示した上で、更に発注時には解体業者に値引きを迫る。解体業者も日頃の付き合いで最終的に値引かれるのを知っているから、初めから高めの金額で見積を出す。結果として、A工務店は新築工事を受注し、B工務店は失注する。解体工事に十数万円の利益を乗せた見積が原因で、数千万の新築受注を失う。
更に解体業者に無理な値引きを要求しないと評判のA工務店は、業者からの紹介も多い。目先のコストダウンで利益が浮いたからと喜んでいても、それ以上の利益を生む「紹介の芽」を摘んでいては、本末転倒だろう。
入り口となる解体工事の見積でオープンな姿勢を示して信用を勝ち取り、本丸の新築を受注する。適正なコストダウンを超える下請けイジメはせず、良い関係を築き、品質は厳しく追求することで「品質に厳しいから、自分の家も安心」と職人から品質面でも信用を得る。勿論、A・B工務店は架空の話だが、信用は日常のの細かなことの積み重ねであることが伝われば良い。
■施主の満足
企業の目指す姿は様々であるから、信用を積み上げていく方法も様々である。しかし、どの会社にも共通する大前提は、施主が満足する家を建てること。価格でもデザインでも性能でも。自己満足ではなく、施主満足。
超有名建築家であれば、施主満足より建築家満足を優先しても、作品として雑誌に取り上げられれば全国で評判になるだろうが、地域密着の住宅会社では、地元の施主からの評判が信用を形成する。1棟1棟の地道な施主満足の積み重ねが、信用を作っていることを忘れてはならない。
また、施主からの信用と同時に大事なことを協力業者の社員が家を建ててくれることだろう。
協力業者からの「紹介」は、強制的に名簿を集めることで、見かけ上は実現できるかも知れない。しかし、協力業者の社員自身が自ら依頼してくることは、現場の信用なしにはあり得ないだろう。
協力業者の社員は、あなたの会社で家を建てているだろうか。自社の社員はどうだろう。年末調整で住所が変わっていることに気付くようでは困りもの。まして「嫁の親戚が大工で…」などと自社で建てない言い訳が増えているようなら、工事品質を抜本的に見直した方が良いだろう。
信用を勝ち取り、ビジネスに好影響を与えるようになるまでには、日々の施主満足の積み重ねが大切である。
■先に信用をつくる?
とはいえ、新興企業や新事業部、経営改革中の企業にとって、老舗のような信用ができるまで待つ時間的余裕はない。商売の基本である「信用」を短期間で得る方法はないだろうか。
上述の積み上げではなく、イメージを先に作る方がスピードは速い。簡単に言えば、最初に自社が信用に値する企業になるためのテーマを掲げ、未来の時点(地域で信用できる企業としての評判が確立している頃)の姿をイメージしてから、実像をそのイメージに近づけていく発想である。
「イメージ」という抽象的なものでは、社員の誰もが同じものを想像できているとは限らないので、目に見えるカタチを先につくり、社内外に発信する。具体的には、会社案内からホームページ、名刺、のぼり、工事用看板、服装、必要であれば社名やロゴまで、理想的な信用に値する見た目を作ってしまうことだ。
このように書くとCI(コーポレートアイデンティティ)で見た目を良くするだけなら広告代理店に任せておけばよい話だと考える方もいるだろうが、本質は異なる。
地域の人々から信用を勝ち取り、「あの会社なら間違いない」と言ってもらえるようになるためには、表面上のイメージや広告だけでは不可能である。実際に業務に携わる社員の存在が不可欠なのだ。
例えば、これまでローコスト住宅を建てていた会社が「デザイン住宅でライフスタイルを提案する」と大幅にイメージを変える広告を展開したとする。広告代理店に丸投げした広告は評判も良く、多くの人がモデルハウスに訪れたとして、その時、対応する担当者は、ライフスタイルを語ることができるだろうか。
単に会社の見せ方を変えただけでは何も変わらない。むしろ、顧客の期待感を高めてしまってからの落差は大きく、信用が得られる道は閉ざされる。
ポイントは、自分達で将来のイメージを考えること。経営者の理念と社員自らが考えた「こういう会社でありたい」という想いを共有していくプロセスにこそ価値がある。そのプロセスを共有した社員であれば、自らビジョンの実現に向けて動き出すだろう。
広告等で先に展開している会社のイメージ(外部から見た自社)に、現実の自社を合わせるために社員が努力をする。それが企業に活気をもたらし、信用を積み上げるスピードが速まる。
最初は「背伸び」で構わない。社外だけでなく社内も、目に見えるカタチから先に変え、そのイメージに自分達を近づけていくことができれば、本当の信用に繋がっていくだろう。
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